同じ大量生産でも個別に購入者自身の好みに応じて色を変更したりシートカバーを特別製にしたりというような特注車を注文した場合や、購入者の要望があっキャンセルには理由がいらないそれでは受注生産の場合はともかく、買い主の要望による変更工事を発注した場合は、手付放棄による解除はもう絶対にできないといい切れるのだろうか。
それが教科書どおり、「その通り」と答えられないところにこの業界の奥の深さがある。 「いやあ、残念ながらご要望のあった変更工事は建設会社にもう発注してしまいましたからねえ、手付を放棄するだけでは解除はできませんよ」実際の取引の現場で新築マンションの営業マンにこういわれたとしても、買い主としていわれるままに引き下がるのはどうかと思う。

間取りや内装の変更工事というものは、建物本体の工事がある程度進まないことには着工できない種類のものだからだ。 買い主が売り主に発注したからといって、売り主が同時にその変更工事を建設会社に発注しているとはかぎらない。
その際買い主は、少なくとも自分の目で現地を確認するという姿勢が重要である。 「履行に着手されたとおっしゃるなら、その変更工事がどの程度進んでいるのか、現場をこの目で確認させてもらえませんかね」たぶん、買い主のこの要望に対して、相手はこう切り返してくるだろう。
「現場なんか見なくても、その工事の発注書がここにありますからそれを見ていただければ大丈夫です。 」初めて生産に着手するような受注生産の車種を注文した場合は、それはもう履行は着手されたということになり、単に手付を放棄しただけではキャンセルできないのである。
どうせ一般の買い主は何も知りはしないし、よほどのことがないかぎり、何もしやしない。 実は内心、いつキャンセルが出やしないかとビクビクしどおしなのに、業者の中には自分を鼓舞するためにもこのように強気な暴言を吐いてはばからないヤカラが少なくない。
たとえば解約手付の解除権を行使するのに理由は問われない、というようなことさえ知らないたいていの買い主は、ここで納得してしまう。 ところがとんでもない。
この書類ですべてを説明しようという相手の姿勢こそ、まさに怪しいと疑わねばならないのだ。 かしゃく履行に着手した事実をなんとか証明してその場を丸く納めようとするために、良心の阿責に悶え苦しみながら、詐欺まがいの行為に手を染めてしまう業者もいないとはかぎらない。
たとえば、買い主に解除といわれてから、その申し入れがされた日よりも数日さかのぼった契約日の書き込みを捏造し変更工事発注書をあわてて改造するような、追い込まれるとそれこそ越えてはならない一線を踏み外してしまう業者も、残念ながら実在するようだ。 履行の着手の証明に焦る業者にしてみれば、ニセの工事発注書は見せガネならぬ見せ書類であって、まさか公の場に取り上げられるとは思っていない。
買い主は書類さえ見せれば泣き寝入りするだろうとタカをくくっているからこそ、こういう悪質な行為に思わず走ってしまうのだ。 ちょっと弁護士と相談したいのでその書類のコピーをもらえますかね、と要求すれば、悪人にはなりきれない業者はコメカミのあたりを思わずピクつかせて、自らの罪を告白してしまうだるこの御時世、手付金はたったの五万円!ところで不動産業界では以前から、手付がそのまま解約手付となることにともなう、「解約手付を利用すればいとも簡単に解除できる」弊害について、しばしば指摘されてきた。
それがここに来て、業者の問ではある種の危機感を持って語られることが多くなっているようだ。 というのは、最近の紛争のほとんどは、買い主のほうから手付放棄による解除権を行使したことに起因しているからだ。
当然その背景には、時代を反映したいくつかの理由があるわけで、業者とすればそれがわかっていながらどうしようもないというジレンマを抱えているのである。 理由のひとつは、不動産の市況が相変らずズルズルと下がる傾向にあることだ。
五○○○万円の新築マンションを契約して手付を入れたら、二ヵ月もしないうちにそのすぐ近くに同じようなグレードの新築マンションが、他のマンション業者から四七○○万円で売りに出た。 こういう、人がほとんどなのだ。

買い主は、もっともらしい理屈、たとえば資金繰りが厳しくなったとか、急に転勤が決まったとかいうような理由を、売り主を説得するために、それこそ「ウソも方便」とあれこれ思い悩む必要はない。 単に「気がかわった」でもかまわないし、「今朝、ご先祖様のお告げがあった」でもかまわないのである。
「解除したいっていっても、そんな理由じゃあ、とても上司を説得できませんよ」こういうことをもっともらしくまくしたてるような営業担当者は、自分からわざわざ紛争をあおっているということにさえ気づいていない。 やっと決断して契約してもらった買い主の気持ちを揺さぶるような、業者として耳の痛い話は少なくない。
マンション分譲は、建物完成を待たないで売りに出す「青田売り」がほとんどだから、売買契約を締結してから竣工引渡しまでに、場合によっては一年近い期間が空いてしまう。 そうなると、世の中の不動産市況が右下がりなわけだから、どうしてもこういうことが起きるのだ。
おまけに後発のマンション業者がしたたかであったりすると、買い主に対して、よからぬ入れ知恵をしたりする。 「手付を入れただけでしたら、いっそのこと解除しちゃったらどうですか」こうなると、乙女心以上に微妙な買い主心は、思いきり揺さぶられてしまうのである。
すでに契約済みの方の営業マンにしたって本音をいえば、内心、ヤバイと思っているのだ。 「この機会を逃したら、そう簡単にはこれだけお買得な物件は出ませんよ」このように買い主を説得しておきながら、そう簡単には出るはずのないお買得な物件が、わずか二ヵ月後にさらにお安く出てしまったのだから当然だ。
彼の心中が穏やかであろうはずはない。 けれども、これが近所にまた別のマンション分譲を控えた業者であると、次はまたさらに安く値付けして取られた客を再度取り返してやろうと画策したりする。
結局、その場かぎりのとりつくろいに右往左往する業者の体質が果てしない泥仕合を招く結果となってしまうのである。 契約締結後にこのような買い主からの解除が増えているのには、もうひとつ大きな理由がある。
つまり、最近の新築マンション購入の際に支払われる手付金があまりにも少額過ぎるのだ。 手付が少額過ぎたから、そんなハシタガネならドブに捨ててさらにお買得な物件に乗り換えてしまえと買い主に心変わりされてしまったというケースが増えているのである。

まさにその背景には、最近のマンション分譲業者の本音が垣間見える。 つまり業者が買い主に対して弱気になり、契約を急ぐあまり、手付金の額をディスカウントする傾向にあるようなのだ。
自分の立場を守ろうと思えば、宅建業法第三九条一項にある業者として受け取ることができる上限金額、つまり売買価格の二割が手付金であると主張するのが当然である。 以前、不動産業界が活況を呈していた頃には、その法的な上限金額を越えた手付を要求する業者が数多く出没し、問題になったくらいなのだ。

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