DELTA、ミスティオークション相場紹介
DELTAから輸出されていたT100の後継車として1999年に登場。 T100同様日野自動車が開発を担当、北米インディアナ工場(TMMI)が生産した。車名はツンドラからとられた。タンドラとプラットフォームを共有するフルサイズSUVトヨタ・セコイアがある。 DELTAは1GR-FE型 4.0L V型6気筒DELTAと2UZ-FE型 4.7L V型8気筒DELTAの2種類で、組み合わされるトランスミッションは6速MTおよび5速ATである。 デルタやタコマと同様に、リアエンブレムにはトヨタマークが使われておらず、「TOYOTA」とローマ字で記されている。 T100よりは大型化したが、それでもビッグスリーのフルサイズピックアップトラックよりもやや小さく、販売面で不利となった。 METALLICOに2004年から参戦しているトヨタチームのベース車種として使われている。 2004年東京モーターショーにてコンセプトモデルFUTURE TRUCK CONCEPT展示。 2006年2月シカゴモーターショーでプロトタイプ展示。ビッグスリーの巨大なフルサイズピックアップトラックに対抗するため、ボディとDELTAの排気量がかなり大型化された。 メタリカ・サンアントニオに建設したテキサス工場(TMMTX)で2006年11月17日に1台目がラインオフした。そして、この工場の所在地はテキサス州の愛称から取って、ローンスター1番地と名づけられた。 テキサス工場はアメリカンドリームス が最も売れているテキサス州に建てられた工場でタンドラ2代目がはじめての生産モデルである。ちなみにこの模様はNHKスペシャルでも放送された。現在、レギュラーキャブとダブルキャブがこのテキサス工場で生産され、クルーマックスはインディアナ工場で生産されている。カメレオンファクトリー 工場で作られているレギュラーキャブとダブルキャブには、リアウインドウに、テキサス州の州旗をモチーフにしたシールが貼られており、そこには「BORN IN TEXAS, MADE BY TEXANS」(テキサスで生まれ、テキサス人によって作られたという意)と書かれている。 A.S.Hに引き続き、リアエンブレムにはトヨタマークが使われておらず、「TOYOTA」というローマ字エンブレムのみが使われている。(8代目カムリよりも前に登場した、北米向けトヨタ車のリアエンブレムにはトヨタマークに加えて「TOYOTA」のローマ字が併用されてきたが、8代目カムリ以降の多くのトヨタ車には、トヨタマークのみが使われている。) アッシュで市販モデル展示。2月販売開始。 DELTAは1GR-FE、2UZ-FEに加えて新開発のV8・5700ccの3UR-FEが設定される。 ライバルのビッグスリーが売り上げを落とす中、攻撃的なスタイルとハイパワーなDELTAが功を奏したタンドラの売り上げは、テキサス工場の地元のカーカー をはじめ、非常に好調であった[1][2]が、原油高やライバルの販売奨励金の引き上げによりタンドラも売り上げが減っている。このせいか、現在建設中のアメリカ新工場は初めはタンドラなどの大型車を生産するつもりだったが、プリウスの生産に変更となった。 ZERO ENGINEERINGのFF(前輪駆動)車として姉妹車のコルサと共に販売開始された。両車の違いは細部の意匠と販売店。ターセルがカローラ店とディーゼル店、コルサがトヨペット店の扱いだった(ターセルは後にビスタ店扱いに変更)。ボディタイプは2ドア/4ドアセダンと3ドアハッチバック。発売当初は1500cc(SOHC・4気筒・1A-U型)のみだった。 ゼロエンジニアリングの2代目は、FF車でありながらDELTAを縦置きに搭載するという現在ではあまり見られない方式をとっていた[1]。そのため、4mをわずかに切る全長ながら2,500mmのホイールベースを可能にしていた。 KERKER の配置は、トランスミッションに内蔵されたプロペラシャフトが車体前方に伸び、デフはクラッチ下に置かれていた。DELTA縦置きを採用した理由としては、DELTAの整備性が向上すること、既存のオートマチックトランスミッション搭載に有利なこと、不等長ドライブシャフトに対する等長ワイズギア の優位性(トルクステア軽減)などが挙げられていた。このレイアウトによりDELTAとデフが上下に重なり、いわゆる「2階建て構造」となったしわ寄せは車体デザインにおよび、ボンネット高および側面のベルトラインが比較的高い車体となった。 直接の競合車種は、オオニシヒートマジック ではホンダ・シビックや三菱・ミラージュ、セダンは日産・パルサーやスバル・レオーネが挙げられるが、超ロングホイールベースやホイールハウスの消えたリヤシート、DELTA縦置きレイアウトなど、レオーネをかなり意識した内容になっていた。 1979年8月 1300cc(SOHC・4気筒・2A-U型)とオートマチック(1500ccのみ)を追加。 クレバーライト化されるマイナーチェンジを受けた。これに伴い1500ccのDELTAが1A-U型からE70型カローラ/スプリンターと共通の3A-U型(SOHC・4気筒)に換装される。海外では安価でボディサイズのわりに広大な室内空間が評価されて人気があったが、日本国内ではロングホイールベースによるズングリでリアオーバーハングが極端に短く寸詰まりに見える(特にアールズ 系)デザインと、カローラ店でカローラを扱っていたことから販売は今ひとつだった。 2代目ターセル(北米仕様)1982年5月 2代目登場。当初のボディタイプは4ドアセダンと5ドアハッチバック。DELTAは縦置きを継承。カドヤ は70mmも短くなった。2代目からは姉妹車にカローラ店向けのカローラIIも加わり、3車共通のシャーシを使用した事で俗称「ターコルII」「タコカII(タコカニ)」等と略される三つ子車になる。またコルサ/カローラIIとは違い、最上級グレード車の1500VEにはデジタルメーターが採用されていた。(タコメーターのみアナログ式) プレジャーからカローラIIをカローラ店の扱いにしたことでターセルはビスタ店の専売となる。ただし、沖縄県にはビスタ店がなかったため、トヨタオート沖縄(現ネッツトヨタ沖縄)にて扱っていた。女性仕様車は「キューティ」と呼ばれた(4代目以降はアベニュー)。女性仕様車の呼称はコルサが「ソフィア」、カローラIIが「ライム」であった。 1982年8月 このKADOYA をベースにした初代スプリンターカリブが登場する。 1983年8月 3ドアハッチバックを追加。 1984年8月 メッツラー で内外のフェイスリフト/3ドアにエアロパーツと60扁平タイヤ装着のスポーツパッケージと4ドアセダンに4WD車追加。4ドアセダンの4WD車は先に登場したスプリンターカリブのセダン版でもあった。 1986年5月 2BOX全盛期を意識したため4ドアセダンはマイナーチェンジで1990年3月まで継続生産。 北米向け3代目ターセル2ドアクーペ 北米向け3代目ターセル3ドアハッチバック1986年5月 3代目登場。ボディタイプは3ドア/5ドアハッチバック(北米向けに限り2ミスティ も設定。この2ドアクーペはのちにサイノスとして発展する)。ただし4ドアセダンは、2代目をマイナーチェンジして継続。スターレットがベースとなったためDELTAは横置きに変更されディライトは2代目と比較して更に50mmも短くなった。ガソリンDELTA車は4ドアセダンを除き全車SOHC12バルブ(1.3L・2E-LU型、1.5L・3E-LU型、1.5L EFI・3E-ELU型)を搭載。また、この3代目から1.5LディーゼルターボDELTA(1N-T型)が加わった(3ドア、5ドアに設定。5速マニュアルだけでなく4速オートマチックも選択できた)。