高校野球の概観 概観 高校野球は上は難関校から下は底辺校に至るまでの約4500校による戦いである。 主催石垣ホテル・石垣島宿泊 主催は、全国大会は日本高等学校野球連盟(高野連)と新聞社(春の選抜高等学校野球大会には毎日新聞社が、夏の全国高等学校野球選手権大会には朝日新聞社)が行っている。この他、地方大会は各都道府県高等学校野球連盟などが主催する。 全国大会 名前の通り、高校生が高等学校の硬式野球部で行う野球のこと。特に阪神甲子園球場で行われる二つの全国的大会は「甲子園大会」と呼ばれ、日本で人気を博している。 選抜高等学校野球大会(春の甲子園、センバツ) 出場校数32(記念大会では34あるいは36) 毎年3月下旬から4月上旬にかけて開催される。秋季地区大会の成績などを参考に選抜された一般選考28校、特別選考の21世紀枠2校、希望枠1 校、明治神宮枠1校の計32校で行われるトーナメント大会(明治神宮枠は獲得地区の一般枠を増枠する形となる)。地区大会の成績や選考次第では同一府県から2校以上の出場がかなう場合もある。優勝校には大紫紺旗が贈られる。尚、2008年の第80回記念大会は一般選考30校、21世紀枠3校、希望枠1校、明治神宮枠2校の計36校で争われた。 全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園、選手権) 出場校数49(記念大会では55) 毎年8月に開催される。各府県1校ずつ、北海道は南北海道・北北海道の2校、東京都は東東京・西東京の2校の合計49校によるトーナメント大会。6月中旬から7月下旬(雨天順延で8月にずれ込む場合もある)にかけて行われる地方大会を勝ちあがった学校が出場できる。 国民的行事と呼ばれ、ときに社会現象となるほどの盛り上がりを見せる学生スポーツ最大の大会である。優勝校には大深紅旗が贈られる。尚、2008 年の第90回記念大会は、第80回記念大会同様、埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫の各府県から2校ずつ代表校が決定され、計55校で争われる。札幌 ビジネスホテル 国民体育大会・高校硬式野球の部(国体)出場校数12 毎年10月に開催される。選手権で成績上位の高校から選考された11校と開催地枠の1校によるトーナメント大会で、シーズン最後の全国大会。日程の余裕がないため、雨天中止が続いた場合にはダブルヘッダーの実施や同時優勝になることもある(1979年は、雨天の為日程が消化できず、ベスト4に残った4校が優勝扱いとなった)。 近年は国体の目玉種目となっており、2006年ののじぎく兵庫国体では会場の高砂市野球場に徹夜組が並び、2007年の秋田わか杉国体では会場のこまちスタジアムに高校野球としては球場史上最多の2万4000人が詰めかけた。公開競技であるため成績は天皇杯に加味されない。 明治神宮野球大会・高校の部(神宮大会) 出場校数10 毎年11月に開催される。秋季地区大会で優勝した10チームによるトーナメント大会で新チーム最初の全国大会。北海道旅行 出場校は各地区大会での優勝により翌年のセンバツ出場がほぼ確実になったチームばかりなので、センバツの前哨戦としての意味合いを持つ。同大会での優勝校所属地区は翌年のセンバツの出場枠を1つ多く獲得できる特典がある(明治神宮枠→但し2003年の34回大会以後)。なお、2007年の第37回大会では決勝進出の両地区に翌2008年のセンバツ出場枠が与えられた(記念大会のため)。 甲子園練習沖縄旅行 春と夏の全国大会の開幕の前に、出場が決まった全代表チームの阪神甲子園球場での事前練習(通称:甲子園練習)が行われる。これは大会までに甲子園のグラウンドの雰囲気を事前に確かめるという目的があり、大会開幕の概ね1週間前から順次行われる。1チームの割り当ては概ね30〜50分程度。 なお、夏の大会についてはプロ野球・阪神タイガースの公式戦との日程調整の関係で午前中だけの開催となる場合がある。2008年選手権大会では、日程上の都合で施設見学のみが行われた。高速バス 地方大会 試合後の審判団・対戦両チームによる挨拶風景・2007年の横浜スタジアム 秋季都道府県大会 o 新チームにとって最初の大きな公式戦である。地域によっては予めトーナメント方式やリーグ方式などで地域大会を行い、都道府県レベルの大会への出場校を決定する場合も多い。また秋季地方大会の前に新人大会を行い、秋季都道府県大会のシード校を決定する地域も見られる。成績優秀校は地区大会へ進出する。 秋季地区大会 o 北海道、東北、関東、東京、東海、北信越、近畿、中国、四国、九州の10地区でそれぞれ地区大会が開催される。東京地区が関東地区と別枠なのは、センバツの代表選考において、東京都は関東地方とは別枠で出場枠が与えられているためである。センバツの予選ではないが、この大会の成績が翌年のセンバツ出場校選考の際、非常に重要な資料となる。尚、この大会は明治神宮野球大会の予選を兼ねており、各地区大会優勝校が神宮大会出場権を獲得する。 春季都道府県大会 o 一冬超えたチームの力試しとなる公式戦である。特に九州、四国のセンバツ大会出場校は日程的な問題で出場辞退となる場合が多い(チャレンジマッチのみの出場や、予選免除で地区大会に出場する場合がある)。この大会の成績を基に夏の大会のシード校を決定する地域も多い。成績優秀校は春季地区大会へ進出する。 春季地区大会 o 北海道、東北、関東、東海、北信越、近畿、中国、九州の9地区でそれぞれ地区大会が開催される。甲子園には直結しない大会である。 選手権大会地方予選(夏季都道府県大会) o 毎年6月中旬から7月にかけて開催され、優勝校は夏の甲子園に出場できる。3年生にとってこの大会で敗退することは夏の終わりを意味する。この大会で敗退したチームは世代交代が行われ、再び秋の大会へ向けて新チームが始動することとなる。 その他にも新人大会や1年生大会、地域リーグ、地方杯がある。通常、新入学生(1年生)の選手は夏の大会のみしか出場できない(春の大会は新学期の2年生、3年生の選手のみとなる)ため、甲子園出場のチャンスは3年間で最大5回になる。 エピソード 海外領土からの参加 戦前は日本領である台湾、朝鮮、満州租借地といった外地の学校も、予選および全国大会に参加していた(春は台湾のみの参加)。1921年の夏の第7回大会に釜山商(朝鮮)、大連商が外地の学校として初出場をした。準優勝したこともあった。戦後は参加がなくなった。 これまでの海外勢の戦績(決勝) 開催年 大会 学校 結果 相手校 1926年 夏・第12回 大連商 準優勝 1-2 静岡中(静岡) 1931年 夏・第17回 嘉義農林(台湾) 準優勝 0-4 中京商(愛知) 大学野球経験者の出場・19歳の出場 大会初期の頃、大学野球経験者が高校野球全国大会(当時は中学野球)に出場することがあった。 1918年、全国大会に出場した慶應普通部(東京)の山口昇は、慶應義塾大の選手として大学野球経験があった。山口は全国大会出場時は中学5年だったが、当時の大学野球の規約では系列校であれば大学生でなくても大学野球に出場できたため、このような現象が起こった。 また、1920年、全国大会に出場した豊国中(福岡)の小方二十世は、出場時は19歳であり、法政大の選手として大学野球経験があった。当時の中学野球の規約では選手の年齢制限はなく、在籍生を学校長が代表選手と認めればどんな選手でも出場できたため、このような現象が起こった。湘南 不動産 1922年に選手年齢を18歳未満にする年齢制限などの規約改正を行い、以降は基本的には大学野球経験者が出場することはなくなった。 しかし、規約改正以降も年齢制限を超えながら出場特例が認められ、甲子園に出場した選手が何人かいる。1956年の夏大会で甲子園に出場した米子東(鳥取)の長島康夫は、外地からの引き揚げのため大会出場時には19歳になっていたが、高野連は事情を考慮して、予選1ヶ月前に特例を設けて長島の出場を許可している。その後、中学卒業後に1年以上何らかの事情で高校に進学できなかった選手に関しては、満19歳以下でも出場資格が得られる規則になっている。1999年の春大会で甲子園に出場した明徳義塾(高知)の森岡エーデル次郎は、帰国子女のため学年がずれ、大会出場時には19歳になっていたが、特例が認められ出場した。